とある凄い場所
ある県道を抜けると、異様な建物がありました。夕方には遭遇したくない風貌ですね。
山奥にしてはしゃれた洋館っぽい建物です。
当然、郵便局とは思いましたが似通わない立地です。



郵便のマークもはっきりと見て取れます。
現役営業はしていない感じでしたが、どうも気になる。
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郵便の洋館より歩いて数分・・・一瞬マンモスの群れかと思いました。
一気に原始の世界です。ギャップ激しすぎ。
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そこには天然プールもありまして、沢から直接引くタイプですね。超冷たい清水で、唇が紫になるやつです。
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こんなところとにも遭遇しました。自転車ホーロー看板では有名な場所かもしれません。
_バメ自転車っす。
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日本にはまだまだすごい場所があるもんです
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201603031900
3.12
3.11から一夜。
あの日も次の日は晴天でした。


5年前のあの日は、地元市原にある某製油所の改造工事現場で働いていました。
来客打合中に大変な衝撃と共に、現場事務所の仮設プレハブがガシャガシャと左右に軋んでいたのを覚えています。

プラントのタワーとかは数十年前の建設時より耐震計算結果に安全率をかけて基礎を強固に作っています。それなので基礎の上にある機器が地震で揺れても問題ないつくりです。
そんな建設時の設計情報は知っていても、あの日の経験でその安全性を目の当たりにするとは思っていませんでした。機器が振り子のように揺れるんですから。

そして、某石油会社でガスタンクが爆発・・・4km離れていてもよく見えました。タンク破裂時は雷が鳴っている感じでしたね。
4km離れていても発火している瞬間は爆発の熱さを感じることができていました。
正直、あの時は地域的に壊滅して「終わった・・・」って感じました。

工事現場にいると、点呼して作業員は帰れてもこちらはすぐ帰れないんですよ。
現場の安全確認がありますので。確認するといっても、所詮工事中環境ですから、余震が続く中で重量物をクレーンで地上に下ろしたり、内燃機関係の機材をよけたり、足場上の落下資材がないか確認したりと、帰現できたのは1446地震発生より1800頃でしたね。

結局そこから普段なら自動車で15分の道のりを2時間かけて自宅にたどり着きました。
たまたまお客さんに差し入れるはずのジュースがケースで車内に置いてあったので、それをラジオで被災情報を聞きながら飲んでいた記憶があります。
10分刻みで甚大な状況が伝わってくる怖さ。
その後にやってくる交通マヒ、空のコンビニ、ガソリンパニック・・・福島RX。生活だけではなく政治すら混乱していました。

相手が自然とはいえ、やり切れませんね。




さて、
次回これの続きでも書きましょうか。

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201603121042
とあるホーロー看板
すでに廃業された自転車店の軒先には、いくつかのホーロー看板が設置されていました。
新家工業の代理店としてツバメ自転車を筆頭に販売していたことでしょう。
他にもタイヤ関係の看板も一緒にありました。

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これも気になるところです。
「山口自轉車販売会社」なる会社が販売専門で全国を歩いて販売網を広げていったようです。
当時は高級であった自転車は、月賦って・・・古いな。ローンですけどそれで買ってもらったわけですね。
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この自転車屋さん、切符制配給に関しても申込所だったようです。お店のステータスとしては当時の自転車店っていうのは、高かったのではないでしょうか。自動車もさほど普及していないご時世でしょうから、当時はディーラーのような扱いだったんでしょうね。
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201603131223
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まとめ